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2024年4月10日水曜日

光は世界を駆け巡る 展示風景

AM倉敷(Artist Meets Kurashiki) vol.17
高松明日香―光は世界を駆け巡る
会期:2024217()414()
会場:大原美術館本館(1室、3室、6室、7)
主催:公益財団法人大原芸術財団


高松明日香の世界創造

高階秀爾
(公益財団法人大原美術館 代表理事)

「蛸壺や はかなき夢を 夏の月」と詠んだのは松尾芭蕉だが、大原美術館が所蔵するジョヴァンニ・セガンティーニやギュスターヴ・モローの作品と一緒に、高松明日香が蛸の絵を並べたことには驚かされた。しかしながら、芭蕉が、春夏秋冬や花鳥風月への詠嘆に向きがちな詩歌の世界に、あえて蛸という平俗なイメージを投げ込んだことにより、その句に肉感や色彩、そして動きをも見事に与えたように、高松明日香の蛸もまた、複数の絵画の組み合わせによって 自ら創出した世界を活性化させている。 

俯瞰する視線で高い峰々を描いたり、山間の羊に近寄ったり、あるいは深い水底のイメージを表したりと、視座を意識的に変えることで、高松は自然界の広さと多様性を表現している。また、そのランドスケープには、服装からしても過去、あるいは現代と、異なる時を生きている人の姿も登場する。一見、脈絡なくそれらが組み合 わされたような作品群だが、実は、各作品がなんらかの意味の連関や形態の類似をつなぎ目に、少しずつずらされながら関連しあっていることがわかってくる。高松は、絵画作品を連ねることで、世界に向き合う態度や多様な存在のつながりを示しており、彼女の感性は、異なるイメージを発する言葉を巧みに重ねる和歌や連歌、俳句 を生み出した日本独自の文化を引き継ぐ存在といえよう。そして、蛸を登場させた1枚のカンバスに、複層的な役割をまとわせるあたりは、手練れの歌詠みの風情である。

それから、セガンティーニやモローのみならず、高松が選択した大原美術館の所蔵作品は、こちらを向いた正面から描かれているのと対照的に、高松の描く人物や羊などの多くは「後ろ姿」を見せていることに興味を引かれる。この対比により、空間の奥行きが広げられるだけでなく、高松の描く後ろ姿は、移動する感覚も喚起する。 さらには、映画のワンシーンを切り取ったカットとも相まって、これから何事かが起こる予感をも巧みに想起させる。

「芸術家は、実際、発明家や科学上の発見者と同じように、偉大な 仕事をしている。こういった人たちは、人間と世界との新しい関連 を探っているのである」と語ったのは、ジーグフリート・ギーディオンだが、彼はこの言葉に続けて「芸術家の場合には、その関連は、実際的だとか認識的なものとの代わりに、情緒的なものである。創造的な芸術家は、環境を写しとろうとしないで、それをわれわれに彼の眼を通して見せようとする」と語っている。高松明日香もまた観察と思念を通じて描き上げた絵画により、世界と人間の関わりを探求している。その探求の途上、大原美術館において達成したのは、過去の優れた芸術家の眼も巧みに活用しながら、豊かな情緒性をたたえつつ、生命の力ともいうべきものを示すことであった。
(AM倉敷(Artist Meets Kurashiki) vol.17高松明日香―光は世界を駆け巡る カタログより掲載)





●《羊と羊飼いのために For Sheep and a Shepherd2019年作

ジョヴァンニ・セガンティーニ《アルプスの真昼》1892年作とギュスターヴ・モロー《雅歌》1893年作は、ほぼ同時期に描かれた作品です。この2枚の作品に描かれている女性は誰なのだろうと考え始めたことから、この作品群が生まれました。《アルプスの真昼》の女性を聖母マリア、《雅歌》の女性をサロメ(ヘロディアの娘)ととらえると、聖母マリアの子どもであるキリスト、サロメに首を所望される洗礼者ヨハネの存在を感じました。ヨハネはキリストに洗礼を授けたことから、さまざまな宗教画に2人は同時に描かれてきました。キリストと洗礼者ヨハネが2人はどんな旅をしてきたのでしょうか。《アルプスの真昼》と《雅歌》の間にある物語を、様々な映像から引用した画像を元に描いた作品を組み合わせて、壁面に構成しました。






●《月と関係する She is Related with the Moon2020年作

エル・グレコ《受胎告知》1590頃‐1603年作は、受胎を告げにきた天使に聖母マリアが「どうしてそのようなことがあるのでしょうか」と問い返している場面です。あまりに突然のできごとを、聖母マリアはどのようにして受け入れたでしょうか。この《受胎告知》の後に聖母マリアが自身の象徴である月や白鳥と対話しながら、生まれた幼児キリストと共に暮らすことで運命を受け入れるまでの物語を想像し、この作品群を構成しました。物語をより身近に感じてもらいたいと考え、幼児の姿を現代の人物の姿を映像から引用して描いています。また、ヘンリー・ラム《浴み》1908年作とヴォルス《作品、または絵画》1946年作を対応するように展示することで、現実からどこか遠い世界へというイメージを表現しています。






●《橋が架かる The Bridge Spans the Gap2020年作

クリスト《梱包されたポン・ヌフ》1984年作を初めて大原美術館で見たのは学生の頃でした。クリストがプロジェクトの資金集めのためにドローイングを制作していた、これはその時の作品である。という情報に基づいて鑑賞しようとすると、実際に作品を目の前にした時、その迫力に衝撃を受けました。詳しく調べてみると、クリストは画家であることを知りました。作品の情報以上に、実際に目の前にした鑑賞者だけが感じることのできるエナジーを、筆触の中に感じました。そのドローイングから生まれたポン・ヌフのプロジェクトのドキュメント映像から引用した場面を描き、壁面に再構成しました。

また、ヤコブ・マットナー《トワイライト》1980年作やジョセフ・コーネル《無題》1956年の作品と組み合わせて展示することで、空間と平面を行き来するイメージを体感していただきたいです。






 

●《光は世界を駆け巡る The Shine Running Around the World2024年作

人物の一連

大原美術館ととても深い繋がりのある画家児島虎次郎の作品には、人物を描いた作品が数多く残されています。そのなかでも私は児島虎次郎《画家とモデル》1909年作という作品の、モデルとそのまわりを包む自然な雰囲気にとても惹かれました。画家とモデルの間にはどのような関係があるのだろうと考え、自然な雰囲気の作品からより画家とモデルの関係が近くなっていき、最後は鑑賞者が画中のモデルと対話できる距離まで近づいていくような流れを想像して、児島虎次郎《画家とモデル》→山本鼎《サーシャ》1916年作→林武《梳る女》1949年作の流れで展示し、構成しました。


中央にはマーク・ロスコ《無題》1969年作とジョルジュ・ルオー《呪われた王》194952年作を対応するように展示することで、形象的には違うように見える作品の奥に流れる共通項を感じていただきたいです。

最後の壁は1室の羊がまた巡って現れていますが、図が揺らいでおり、絵画の中で起こっている状況をご覧いただくような作品になっています。羊の形は背景と溶け、見えなくなっていきますが、確かにここにある、というようなイメージです。



波を描いた作品は、イサム・ノグチ《リチャード》1987年作のために制作しました。人物の顔を表現したこの作品の、平面を組み合わせて立体像とする方法と、細かいしぶきが集合してこちらに打ち寄せてくる波を合わせ、平面と立体の融合を感じながら制作しました。



また、通路側にはエル・グレコ《聖セバスティアヌス》161014年作に触発されて描いた作品を、少し高い位置に展示し、私たちや作品たちを見守るようなイメージの作品です。


セバスティアヌスは3世紀のローマの士官で、立木に縛られ弓矢で殺された殉教者として知られ、その矢傷が伝染病ペストの発疹と重なることから、疫病の守護神としても名高いそうです。2020年を象徴する一枚としてこの作品の習作を描きました。