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2013年12月17日火曜日

ESTUDIOS ABIERTOS / OPEN STUDIOS











スタジオの近くで売られていた、スペインの古本インテリア雑誌に興味を持ちました。
写真や画像の裏側に浮かぶイメージを何か形にしたいと考え、制作しました。

2013年12月10日火曜日

高松コンテンポラリーアート・アニュアルvol.03 展示風景

高松コンテンポラリーアート・アニュアルvol.03
Takamatsu Contemporary Art Annual vol.03 DAYDREAMS

2013年10月26日(土)~ 12月1日(日)
October 26(Sat.)- December1(Sun.)2013

高松市美術館(香川)
TAKAMATSU ART MUSEUM(Kagawa)

参加作家:スプツニ子!, 高木正勝, 高松明日香, トーチカ, 依田洋一朗



2013年「高松コンテンポラリーアート・アニュアル vol.03 DAYDREAMS/夢のゆくえ」高松市美術館(香川)カタログ原稿
 
高松明日香  - Impression Material
 
私たちは後ろ向きに歩いている、背後の「未来」は見えない。映像も経験もすべては目の前から徐々に遠ざかっていく「過去」のどこかに所属している。自分の記憶、他人の記憶、有形無形のライブラリー、ネット上にジリジリと浮遊する膨大なデータ、時空が遠くになるほどそれらの輪郭は溶け合い、夢のように混ざり合う。
そうした過去の一片をさらってきて、様々なキャンバスの大きさに露光させる。映像はそのままだったり、矯正が加えられたり、時には何層にも重ねられる。内容は特にこういうコンセプトで、というものではなく、お好みの、役者の顔、映画の中の風景、「現実」の風景、画集で見た作品、テレビゲームの一場面、歌劇団の舞台のシーン。再び像を結んだそれらは、高松明日香の絵画と呼ばれる(、あるいは記憶からの鋳造)。「お好みの」は重要だ、いまどき絵画で本気で「好きななものを描く」ことがアーティストの存在に資していることはめずらしい。
 
今回、『印象材』というタイトルの小さな作品が何点も壁に止められていた。「印象材」とは歯科治療において歯型を取るために使う材料だという。葉書大ほどのそれら紙の作品は、展示された絵画たちのイメージを「設置後に」ドローイングしたもの、いわば目と手によるインスタレーションショット(会場風景写真)、シーンの型取りだった。このようにして高松はいつも、過去から選んだモチーフを型取って絵画へと転写しているのだろうかと、思う。描くとは世界の「型」を取ること、「印象材」とは高松自身でもあり、彼女が使用する(した)材料でもある。
 
高松明日香の絵画はどこか秘密めいている。それぞれの作品でも、また展示した状態でのつながりからも、何か物語があるようだが、焦点を結ばない。話題はチャンネルを切り替えるようにいつの間にか変わっていて、と思えばまた元に戻ったりしている。
画面に特徴的なことはある。筆触が明快で柔らかいこと(朝方の白い雲のように)、なのにそれが特別な意味を持たないこと(雲に意味がないように)、音域が揃っていること、色調の無意識の傾斜、作品間でのイメージの反響、出演者の身振りのようなもの。
それらによってこれらの絵画は何かを告げているように見える。そこにはどうやら内容があるようだ。秘密の存在が告げられ、かつそれが伏せられている。いや本当は特に何もないかもしれない。けれど秘密とはそういうものらしい。だからここでは、秘密のことを絵画と呼ぼう。
 
出品作『スポット』の説明で高松はこう書いていた。 
-舞台ではスポット照明があるので、どこを見ればいいのか誰も分かるが、現実ではスポットがないので、みんな色々なところを見ている。-
そして絵画もまた現実の中では現実でもあるので、美術館に来て彼女の絵を見た人も、みんな色々なところを見ることになる。現実には、絵画という秘密はなかなかスポットとして示されることがない。だから、展示作業中にも彼女は自問自答のように言っていた、
-絵は、どこから見るんですか。-
この難しい質問に次のように答えることは可能だろうか。「どこから見てもよい」、なぜなら絵画は、時間の中にありながら非時間的に反復し経験することができる機能だから。むしろその質問こそが絵画が絵画であり続ける根拠となる。絵画の秘密とは絵画という「型」自体、彼女の絵画は、いつか高松明日香だろうものの何か、かつて高松明日香だったものの何かによって繰り返される感覚の経験の全体であるから。
 
会期中に行われたワークショップは、映画「ET」をもとに高松が再脚本を行い、それに参加者が絵を画用紙に描いていくつかのお好みのシーンに添えていくというシンプルなものだった。が、そこでは不思議なことに、オリジナルの模倣とか再解釈といった状況を超えて、多くの参加者とともにいくつものズレと世界線が立ち上がり、そのズレの中の中の遊びを遊ぶことから、複数の「ズレ」自体が型となっていくような過程が見られた。高松における作品とは、そんなその時々の数奇な配置の産物として創造されているのだろう。
 
毛利義嗣(高松市塩江美術館)

































2013年2月13日水曜日

アートの今・岡山2012-風景をこえて- 展示風景

『T町景』  2012年制作 アクリル、キャンバス 1120×1455㎜ 
『T町景』  2012年制作 アクリル、キャンバス 1120×1455㎜ 




奈義町現代美術館にて

『眼中の光』 2012年制作 アクリル、キャンバス 380×455㎜ 2枚
『T町景 詳細』

『T町景 詳細』